目次
養育費とは
養育費とは、子供が親から自立するまで養育してもらうための費用(監護養育に必要な費用)です。実際には、子供を引き取っている親が、もう一方の親から費用を分担してもらうという形で養育費は支払われています。夫婦は離婚すれば他人になるわけですが、親と子供の関係はなんら変わるものではありません。上記のように養育費は、親であれば当然負担すべき費用なので、特に取り決めがなくても、たとえ経済的に困窮していても、自分自身が生活している以上、養育費の支払い義務は原則として発生します。
扶養の義務は、法的には「自分の生活を保持するのと同程度」の生活を被扶養者にも保持させる生活保持義務と、「自分の生活を犠牲にしない限度」で、被扶養者の最低限の生活扶助を行う生活扶助義務に大別されます。養育費や婚姻費用(別居中の家族の生活費)の支払い義務は、「生活保持義務」の程度で認められるため、養育費には「自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者(子供)にも保持させる義務があることになります。
わかりやすくいうと、、養育費を支払う側の親(非監護親)に「余裕があったら支払うよ」と言ったような言いわけは許されず、 あなたが一切れのパンを食べて生きる権利があるなら子供だって同様の権利があるはずです。たとえ一切れのパンでも一杯のおかゆでも、別れて暮らす子供に分け与えなさい。」という性格のものなのです。
養育費の減額・免除
一度決めた養育費の額は、後で変更できないのが原則ですが、当事者間に特別の事情が発生したときは、養育費の増額・減額・免除が認められることもあります。
- 失業・収入の減少
養育費を支払っている親に「失業」や「収入の長期的減少」という特別の事情が生じた場合は養育費の減額が認められることがあります。 - 再婚・養子縁組
子供を引き取った親が再婚をして、さらに再婚相手と子供が養子縁組をするような場合、養育費を支払っている親は、その養育費の免除または減額の請求が認められる場合もあります。
養育費の取り決めは必ず公正証書に
当事者間で養育費の合意をした場合は、必ず法的な効力(強制執行力)のある公正証書にしておきましょう。養育費の合意をしても、養育費を支払う側の事情や気持ちに変化が生じて不払いになるケースが圧倒的に多いからです。驚かれるかもしれませんが、厚生労働省の統計によると、養育費の支払いが滞る確率は68.1%とされています。考えようによっては「約束は68.1%の確率で破られる」と言っても過言ではないでしょう。この確率はいわば「事故率」というわけですが、これだけ事故率の高い人が保険に入らない理由があるでしょうか。
少ない費用で大きな効果の得られる公正証書は将来入ってくるお金の保険です。養育費はもちろん、慰謝料や財産分与の「分割払い」の取り決めをする場合は、必ず公正証書にしておきましょう。なお、当事者間で作成した契約書(私署証書)でも一定の効力は認められますが、後日不払いが生じたとしてもすぐには差押さえ等の強制執行はできません。その契約書には執行力という法的効果がないため、改めてその契約書を証拠として裁判所に訴え判決を得る必要があるのです。しかし、裁判には時間と費用がかかるので、そう簡単には判決を得ることはできません。そこで!一歩進んで契約書を作成する時には強制執行力のある公正証書にしておくのです。
そうすれば裁判をしなくても、すぐに給料等の差押え(給与の約50%)が可能になります。万一の時に効果のある書面が本当に意味のある書面であり、その書面こそが公正証書なのです。この点をよく理解していただき、後日の紛争回避に是非お役立て下さい。
養育費の取り決めをする場合の注意点
養育費の取り決めをする場合は、次の点をご確認ください。
養育費を受け取る側から「養育費の金額はどんなことがろうと変更(増減)しない」という取り決めを希望されることがありますが、こういった公正証書は作成できません。なぜなら、養育費の金額は、義務者の支払能力に応じた即した程度にすることが望ましいと考えられており、家庭裁判所の制度上に於いて、公正証書を作成した後に支払能力が低下した場合は、当事者の求めに応じて養育費を変更する調停や審判を行うようになっているからです。
養育費は子を引き取る親の権利ではなく子どもの権利です。従って、仮に養育する側の親が「養育費はいらない」と合意した場合でも、そのような合意は法律的にも無効なので、子供は成人するまでの間、養育費を請求することができます。養育費は子どもから請求する性質の「扶養請求権」なので、監護者が放棄しても意味がないのです。子供の将来を親権に考えるなら、養育費は必ず請求してください。
養育費を銀行振込等で受け取る場合は、子どもの口座での受け取りをお勧めします。子どもと離れて暮らす親の立場で考えると、子ども名義の口座に振り込む方が「子供のためにしている」という気持ちになりやすいからです。継続的に養育費を受け取るためには、支払う側への配慮と感謝の気持ちが必要であることを忘れないでください。
養育費の有無が子どもの将来に極めて大きな影響を与えます。養育費は子供の健全な育成を図るために必要不可欠なお金です。「そんなことは知っている」という声も多いと思いますが、皆がその必要性を本当の意味で理解できていたら、厚生労働省から「養育費が最後まで支払われる確率は約2割」などという統計(平成23年)は出てこないでしょう。
当然の話ですが、養育費は子供の権利です。養育費は子供を養育する親(監護者)が子供に変わって受け取るだけなので、監護者の権利ではありません。子供を監護する親は、受け取った養育費を自分の生活費や娯楽費と区別せずに使うケースも一部にはあるようですが、本来はきちんと区別しなければなりません。養育費を子供のために使うのは親の「義務」と考えた方がいいでしょう。
多くの監護者は「非監護者が養育費を払うのは当たり前」と思っているので、非監護者から養育費を受け取っても感謝の気持ちはほとんど伝えません。確かに子供のために働いて養育費を払うのは当たり前です。ただ、世の中の9割の人は当たり前のことができない。当たり前のことをしっかりやればそれだけでトップ1割に入れる」と言われたりもしますから、当たり前の「養育費の支払い」を続けるのは大変なことですし、感謝すべきことだと思います。
そうは言っても、離婚までの複雑な経緯を考えると、感謝の気持ちを持ちにくいと思います。そんなときは「感謝するのは自分のため」と考えてみませんか。養育費を支払う相手方は、相手が感謝の気持ちを持っているようなら養育費の支払いにも前向きになり、そうでないなら消極的になるものです。だから私はいつも「感謝の気持ちを持たないと養育費が滞る確率は間違いなく高くなりますよ」と”警告”しています。
養育費の延滞を防ぐ最大の秘訣は、支払いを法的に強制する公正証書の作成ではなく、相手方自身に「きちんと養育費を払おう」と思ってもらうこと。相手を怒らせたり不快な気分にさせると、何かと理由を付けて養育費の減額請求をしてきたり、会社を辞めて連絡が取れなくなったり、行方不明になったり、ろくなことがありません。
そんな事態になって「公正証書は万能ではない」と気付いても遅いんですよね。だから、相手との関係を悪化させて不測の損害を被らないよう、養育費の支払いに対しては定期的に感謝の気持ちを伝えてきましょう。そして、子供と定期的に交流させるとか、写真や動画を送るなどして、子供が成長している様子を伝えてきましょう。
法律的には「養育費の支払いと面会交流は別の問題」という扱いになっています。ですから、子供を育てる側の親は、非親権者に子供との面会交流を認めなくても養育費を請求でき、相手方が反対しても、調停・審判等の手続きをもって強制的に取り立てることができます。しかし、それは不完全な法律に基づいた理屈の話。現実的には、面会交流が認められないのに養育費の支払いだけを強制されたら、誰でも不公平さを感じるはずです。前述したとおり、納得できない形で養育費の支払いだけを強制されたら、当然の話ですが、養育費が滞る確率は格段に高くなります。
そのために「養育費と面会交流は表裏一体と考えて、積極的に面会交流を実施しましょう」という話になるわけですが、実際はそう簡単に片付く問題ではありません。面会交流の実施に関しては、親や子供の複雑な心情が絡み合い、「面会交流をしたくないから養育費はいらない」といった意見が飛び出てくることが多々あります。問題は、この”絡み合った複雑な心情”を、どのように解きほぐしていくかです。解決の第一歩は、面会交流の実施に前向きになれない理由を、本人からじっくり聞くことにあると思います。まずは、面会交流の実施を妨げる要因となっている本人の不安を明かにします。そして、その不安を取り除く方法があることをじっくり検討していきます。(この不安を取り除く方法がカウンセリングです)
不安を取り除くには多少時間はかかりますが、このプロセスによって不安を除去しなければ、養育費や面会交流といった権利は守られなくなります。養育費も面会交流も本来は子供の権利です。子供の幸せがあなたの幸せでもあるなら、子供のためにベストな方法をしっかり選択し、実行していくよう心掛けましょう。
養育費の取り決めから強制執行までの流れ
養育費は原則として当事者の話し合いで取り決めるとされていますが、協議がまとまらなかったり、協議自体ができない場合は、家庭裁判所の調停や審判に移行します。ここでは①協議②調停③審判④即時抗告⑤強制執行などの流れを見ていきましょう。
1、当事者の話し合い(協議)
養育費は「子の監護に必要な費用」であるとして、まずは話し合い(協議)で決定することになっています(民法第766条)。しかし、離婚の手続上は養育費の取り決めは必須要件ではないので、養育費の取り決めをせずに離婚するケースも多々あり、制度上の問題も指摘されています。また、養育費は、子から親に対して「扶養料」として請求することもできます。(民法879条)
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。
扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。
2、調停
調停とは、養育費など私人間での紛争を解決するために、裁判所(調停委員会)が仲介して当事者間の合意を成立させるための手続です。養育費の協議がまとまらない場合や協議自体ができないような場合は、家庭裁判所に養育費を請求する調停を申し立てることができます。(民法766条)
養育費に関する話し合いは、離婚調停の中でも婚姻費用の調停の中でもすることができます。また、一度決まった養育費であってもその後に事情の変更があった場合、たとえば、転職して所得に変更があったとか、再婚したとか、子供が進学したなどの場合には養育費の変更(増額・減額・免除等)を求める調停を申し立てることができます。
調停では、話し合いをあっせんする調停委員が、現在の養育費の金額やお互いの所得など一切の事情を双方から聞いたり、必要に応じて資料等を提出させてたりして、解決案を提示したり助言したりします。調停委員は「社会生活上の豊富な知識経験や専門的な知識を持つ人の中から選ばれる」とされていますが、必ずしも離婚や法律の専門家とは限らないので、間違った情報を前提に話し合いのあっせんが行われてしまうケースもあるようです。「調停委員の言うことだから間違いないだろう」と、調停委員の言うとおりに結論を出しても、その結論に最終的な責任を負うのは当事者です。調停に臨むに当たっては正しい知識と相応の対策が必要となりますので注意しておきましょう。
3、審判
養育費に関する調停を実施しても話し合いがまとまらず、あるいは相手方が調停に出頭しない等の理由で調停が不成立となったときは、自動的に審判の手続きに移行します。審判では、裁判官である家事審判官が当事者から提出された書類や家庭裁判所調査官の調査結果等種々の資料に基づいて判断し決定(審判)します。この審判に不服を申し立てずに2週間が経過した時は審判が確定します。
調停員は何かと調停で決着をつけさせようとしますが、専門家に相談したりネットなどで調べて「どう考えてもおかしい」と思う場合は、審判にした方がいいと思いますよ。
4、審判に対する即時抗告
審判に不服があるとき、審判から2週間以内に即時抗告を提起することができます。即時抗告が提起されると、高等裁判所は即時抗告に理由があるかどうかを判断することになります。即時抗告が提起された場合、裁判所から期日が指定されますので、その期日に裁判所に出向くことになります。
最終的に、即時抗告に理由があると判断された場合には審判は取り消されて事件は家庭裁判所に差し戻されますが、逆に理由がないと判断された場合には、審判書の内容で確定することになります。なお、養育費に関する審判はあくまでもその時点におけるものに過ぎないので、事情が変われば改めて養育費の変更(増額・減額・免除等)の申立てをすることができます。
家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
4.民法第766条 第1項又は第2項(これらの規定を同法第749条、 第771条及び 第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分
5、強制執行(給料等の差押え)
協議・調停・審判等で決まった養育費を義務者側がきちんと支払ってくれれば問題ありませんが、支払いが滞ったような場合は、法的措置を検討せざるを得なくなります。当事者間で作成した公正証書、養育費の支払を合意した調停調書、裁判所が養育費の支払を命じた審判や判決は、いずれも「債務名義」という公的に養育費の請求権が認められた文書です。権利者は、この債務名義に基づいて相手方の財産(預貯金や給料など)に強制執行することができます。
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
三の二 仮執行の宣言を付した損害賠償命令
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第42条第4項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
将来分の養育費の差し押さえ
平成15年8月、養育費の回収方法について重大な法改正(民事執行法の一部改正)があり、平成16年4月1日から利用できるようになりました。従来は滞納分の養育費しか強制執行ができなかったため、滞納のたびに強制執行の手続きを行う必要がありました。しかし、法改正後は、養育費が1回でも滞納した場合、滞納分だけではなく「将来分の養育費」についても「相手方の給料などに限って」差し押さえることができるようになりました。簡単に言うと、1回強制執行の手続きをすれば、その後は強制執行をする必要がなくなったということです。
また、養育費に関しては差押金額の上限も、給与から税金と社会保険料を差し引いた金額の「4分の1」から「2分の1」に引き上げられました。慰謝料や財産分与の分割払いに基づく場合は、4分の1の限度でしか差し押さえられないことを考えると、「養育費」という名目の方が、後々の強制執行に関して言えば有利と言えるかもしれません。
強制執行に必要な相手方の住所・勤務先
養育費が不払いになった場合、債務名義(調停調書や公正証書など)に基づいて強制執行を検討することになりますが、養育費の差し押さえに関しても最も効果的かつ重要な相手方の財産といえばそれは「給料」です。離婚する際は、事前に長期の別居でもしていない限り、相手方の勤務先は把握していることだと思います。しかし、一旦離婚した後に相手方が転居や転職したような場合はどうでしょう。勤務先どころか、相手方の住所すらわからない、といった事態も当然あり得るわけです。離婚する際の契約書に「養育費の支払い期間中に住所や勤務先に変更があった場合は、変更があった日から○日以内に変更後の事項を相手方に連絡すること」といったような条項を加えておくのも一つの手ではあります。
しかし、いくら契約書を作成したと言っても、違約金等の定めでもなければ実効性に乏しいので、反故にされてしまう可能性も高いでしょう。結局、最終的には自分で相手方の住所や勤務先を調べなければならないわけですが、そうなるとどうやって調べるかを検討する必要が出てきます。夫本人、あるいは夫の親族・友人・知人等から聞けるのであれば問題ありませんが、そうでないなら自分で調べるか探偵などの機関に調査を依頼するしかありません。正直なところ、お金に余裕があるなら探偵に調査を依頼した方が早いでしょう。もちろん、住所や勤務先の調査は、不倫の調査などと違ってやり易い部類に入る調査であるとは思います。
しかし、いざ素人が調査するとなると、どこから動いていいかわからず時間だけが過ぎてしまうこともしばしばで、最も大事な”勢い”を失ってしまうことが多いようです。住所などは「元配偶者」という立場から、住民票や戸籍の付票や住民票の除票などを取得して現在の住所を調べる方法もありますが、勤務先はこれらの書面に記載されていないので、それなりの調査が必要となります。確定判決などの債務名義(公正証書は除く)があるなら、「財産開示手続き」などによって、勤務先や収入を明らかにするよう求めることもできます。ただ、財産開示手続きは裁判で勝訴が確定し、強制執行をしても全額回収できなかった場合に初めて利用できるようになるハードルの高い手続きなので、現実的には利用しづらいかもしれません。
いずれにしても、相手方の住所・勤務先の調査は強制執行において最も重要な情報となりますので、相手方の動き(転居・転職)が逐一入ってくるような体制を、予め整えておくのが賢明と言えるでしょう。なお、一旦相手方の給料に強制執行をした後、相手方の勤務先が変わった場合は、新しい勤務先に対して再度強制執行を行わなければなりません。また、会社から支払ってもらうようにするためには再度、会社と交渉する必要があります。面倒ではありますが、子供のためにも根気強く請求を続けていきましょう。
財産開示手続
債権者の申立てにより,裁判所が債務者に財産の開示を命じる制度(財産開示手続)が新しく設けられました。従来は、判決等を得て、強制執行をしようとしても、相手方(債務者)がどのような財産を持っているか分からないことがありました。
しかし、改正後は、相手方がどのような財産を持っているのか分からない場合に、相手方に財産目録を作成・提出させ、裁判所に呼び出し、宣誓・陳述させることによって、財産の状況を明らかにしてもらうことができるようになりました。申立資格を持つのは、執行力(強制執行を認めるという裁判所のお墨付き)のある確定判決や和解調書等を有する債権者とされていますが、執行力があるものであっても公正証書ではダメです。また、申立に際しては「債権者が債務者の財産を競売しても回収できなかった場合」ないしは「回収できそうもないと説明できた場合」であることが要件となりますので注意が必要です。(改正民事執行法第197条)
安易に「養育費はいらない」と言わないこと!
養育費は子を引き取て育てる親の権利ではなく、子供自身の扶養請求権です。従って、父母が「養育費はいらない」と合意した場合でも、その合意は(父母の間では有効でも)子供との関係では無効と考えられるため、子供は成人するまでの間、養育費を請求することができます。(実際は、法定代理人である親が子供に代わって請求することになるでしょう。)
後に養育費を請求できるかどうかは、その他の事情によっても変わってきます。たとえば、子供と離れ離れになる夫が子供の将来を案じ、将来の養育費に相当する十分なお金を既に渡していたような場合は、その後の養育費の請求は難しいでしょう。なぜなら「夫は養育費を先払いしている」と考えることができるからです。
反対に、離婚を強く望む妻が、夫の「離婚して欲しいなら養育費は今後一切請求しないと約束しろ!」という脅しに屈して「今後一切請求しない」と合意した背景があるなら、その後の養育費は認められやすいでしょう。なぜなら、父母の個人的な感情や事情によって、物言えぬ子供が権利を失うようなことがあってはならないからです。
「この夫(または妻)とは今後一切関わりたくない」という思いが強い方は、その後の面倒な関わりから解放された一心でつい、「お金はいらないから今後一切関わらないで」などと約束してしまいがちです。しかし、そこで一歩踏みとどまり「養育費は子供の権利」という点を改めてお考えください。安易な養育費の放棄は子供のためにならないだけでなく、後のトラブルの火種にもなりかねません。
「養育費は請求しない」という合意の背景にあるのは、ほとんど親の勝手な事情です。子供を引き取る多くの親の心情は「子供を会わせたくないから養育費も請求しない」ですが、反対に、子供と離れて暮らす親の心情は「子供と会わせてもらえないなら払わない」です。このような心情も仕方ない側面はあるとしても「仕方ない」と済ませて本当に良い問題でしょうか?誰の子供でもない、皆さん自身の子供のお金です。迷った時はご相談ください。
自営業者に対する強制執行
自営業者に対する強制執行はサラリーマンに対する強制執行に比べて少し難しいところがあります。なぜなら、サラリーマンの給料に相当する収入(売り上げ)を自在に隠してしまう可能性があるからです。なんせ、税務署に対しては所得ゼロと申告しておきながら高級車を乗り回している人もいると言われる自営業者の世界。強制執行の可能性を感じた途端、自家用車の名義を他人の名義に変えたり、所在の判明しにくい海外の銀行にお金を移したりなど、財産を隠匿する可能性もあるからです。会社の売り上げ(未回収の債権)に対して強制執行したくても、普通の債務者はどこにそんな債権があるのかわからず、不動産・預貯金等の財産についても債務者名義のものが全く無いとなれば、途方に暮れてしまう人も多いことでしょう。
しかし、全く手が無いわけではありません。債務者の会社の売り上げが最初は分からなくても、業種によっては「お得意先」といえるような会社が、ちょっとした聞き込みだけで簡単に判明することもあります。そのような会社が一つでも判明すれば、債務者の会社のお得意様に対する売上債権に対して強制執行(債権執行)をすることができるようになります。自営業者は信用第一です。お得意様に強制執行の事実が知れようものなら信用はガタ落ちとなり、取引を継続するのが困難になることは必至となるでしょう。同様に、今度は自営業者の近隣にある金融機関に対して、片っ端から強制執行をかけます。大きな預貯金に当たれば一気に回収できますし、大した預貯金に当たらなくても、債務者が強制執行を受けたとなれば、その会社は確実に信用を失います。
もし、金融機関との契約で借金をしているとしたら、普通は借金をする際に「強制執行を受けた場合、債務者は期限の利益を失い、即時残債務を返済する」といったような期限の利益を失う約定(期限の利益喪失約款)をしているはずなので、現在分割で払っている借金について一括返済を求められることになるでしょう。この理屈は他の債務についても同様ですから、会社の資金繰りがたちまち悪化してしまうことでしょう。さらに、取引先に強制執行を受けたことがバレれば、当然信用はガタ落ちとなり、仕入れも現金先払いが求められることになり、ビジネスにおいては致命的な打撃を受けると言っても過言ではないでしょう。
また、債権執行(売上金や預貯金に対する強制執行以外にも、動産執行という強制執行があります。相手方が何らかの自営業をしているのであれば、営業に必要な機器(パソコン・電話機・ファックス・コピー機など)も最低限はあるはずです。そのような機器に対して動産執行をするのです。動産執行は強制執行できる財産に厳しい制約があるため、満足な回収に繋がらないケースが多いと言えますが、自営業を営む上で重要な財産に強制執行をされると、債務者はたちまち困るはず。もし、運よくレジスターなど見つけようものなら、その中にある現金も差し押さえることができます。
このように、一般的には自営業者に対してもそれなりの対応策があるわけですが、上記のように強引に取り立てて債務者の会社が信用を失い、結果的に会社が潰れるようなことにでもなれば、債権者としても回収が困難となりますので、強制執行は慎重に行う必要があります。色々書きましたが、まずは債務者に対して今後の流れをきちんと説明して催促してみましょう。債務者も、最悪の事態を予期できる頭があるなら、それなりの対応をしてくるはずです。逆にまともな対応をしてこないなら・・・そのときは上記のような法的措置に移るしかないでしょうね。自営業者に対する強制執行について書きましたが、支払いを拒絶する相手方にもそれなりに汲み取ってあげなければならない理由があるケースも多々あります。いくら養育費を請求する権利があるとは言っても、受け取る方もそれなりに相手方に対する感謝の気持ちを持つ必要はありますので、この点をくれぐれも理解し、基本的には冷静な対話、誠実な対応で解決するよう心掛けてください。
財産開示手続とは
民事執行法改正により新しくできた制度が「財産開示手続」です。これまでの金銭執行の手続では、債権者は執行の対象たる債務者の財産を特定して手続きの開始を申立てることが必要でした。しかし、債権者には債務者の財産を探すための法的手段が与えられていないため、債務名義を取得しても、執行手続を開始することが困難な場合も多かったのです。そこで、改正法は、債権者の申立に基づいて、裁判所が債務者に対し財産の開示を命じる手続きを創設しました(民執第196条~第207条)。
- 申し立て
- 実施決定(債務者の財産を開示させる手続を実施するという決定)
- 財産開示期日の指定
- 財産目録の提出
- 宣誓
- 財産を開示する陳述(虚偽の陳述には過料の制裁)
債務者が養育費を支払ってくれなくなった場合は、裁判所に「債務者を呼び出してくれ」と申立ができます。すると裁判所は、「何月何日に裁判所に出頭しろ」と債務者を呼び出してくれます。出頭した債務者は宣誓をした上で自分の財産状況を陳述しなければなりません。裁判官のみならず申し立てた債権者の質問にまで答えなくてなりません。
申立資格を持つのは、執行力(強制執行を認めるという裁判所のお墨付き)のある確定判決や和解調書等を有する債権者です。執行力があるものであっても執行受諾文言付公正証書ではダメです。そしてこの債権者が債務者の財産を競売しても回収できなかった場合ないしは回収できそうもないと説明できた場合に、申し立てられます。(改正民事執行法第197条)
開示を命じられた債務者は、裁判所で開かれる開示期日に出頭し、宣誓した上で、自分の財産について陳述し、また裁判所や申立人の質問に答えなければなりません。正当な理由もなく出頭しなかったり、宣誓を拒否したり、陳述を拒否したり、虚偽の陳述をした場合は過料が科せられます(民執第199条、第200条)。開示手続を円滑に行うためには、あらかじめ債務者から開示する財産の目録を書面で提出させる必要があるでしょう。
債務者は、事前に陳述義務の一部免除の申立ができると解されていますが、その場合には一部について財産目録の提出が必要となるでしょう。この場合、一部免除の判断は期日においてすることになりますが、一部免除の要件が厳しいことからすれば、認められる場合は限られたものになるでしょう。その場合には、改めて続行期日が指定されることも考えられます。
債務者は債権者から身を守ろうとして、不動産や預金の名義変更をすることがよくあります。債務者が陳述しなければならないのは陳述時点での財産状態であり、名義変更済み財産への陳述は不要です。したがって債務者はホッとするかもしれませんが、債権者は債務者に対して質問をすることができます。「家族名義に預金を移したのか?、実質はあなたのだろう?」と質問され、裁判官の前で嘘をつくには余程の度胸がいりますし、罰則の対象にもなります。移転したことが分かれば、その結果によっては詐害行為取消権として、過去の贈与や売買を、債権者の立場から取り消そうとすることも可能になります。
財産開示制度の創設にあたっては、債務者のプライバシーの侵害や濫用、債務者に不当な圧力を加えるおそれがあるなどの理由から次のような対策が施されました。
- 債務名義が限定されている
基本となる債務名義の種類が限定されました。執行証書(執行認諾条項付公正証書など)などの債務名義は除かれた、ということです。 - 3年の開示制限
一度開示がなされると原則として3年間はその債務者に対して開示を命じることはできない。(第197条第3項) - 開示期日は非公開
- 記録は関係者だけに開示
開示事件の記録中、開示期日に関する部分の閲覧は、申立人、それと同等の資格(債務名義の所持など)を有する債権者、債務者等に限って許されています。 - 目的外利用は禁止
申立人および記録の閲覧等をした者が得た情報の目的外利用・提供は禁止される(民執第201条・第202条)。
確定判決を受けたのにもかかわらず、債権者が債権を回収できない背景には、債務者が財産についての情報を隠匿しているなどの理由がありますが、同時にプライバシーの保護という観点から積極的に情報開示を追及できなかったという点もあります。つまり、財産についての情報が開示されないのは必ずしも債務者に非がある理由だけではありません。そのような観点から、財産開示手続は誰でも気軽に簡単に利用できる制度とはなっていません。この手続の利用には以下の要件が満たす必要があります。
- 現状では完全な弁済が得られないことの疎明があること
- 執行力のある債権名義の正本を有する債権者であること
- 債務者が3年以内に財産開示を行っていないこと
この3つは一般の方にはちょっとわかりづらいので、以下に詳しく説明していきます。
①現状では完全な弁済が得られないことの疎明があること
財産開示手続を利用するには、民事執行法第197条第1項第1号か、同法第2号のいずれかに該当していることの「疎明」が必要となります。疎明の意味と民事執行法が分かりづらいと思うので、その内容を掲げますね。
疎明は証明とは異なります。証明とは、ある事実について裁判官が確信を抱いてよい状態に達するまで証拠を提出することをいい、疎明とは、証明の程度までは至らないが「一応確からしい」と推測できる状態に達するまでの証拠提出活動をいいます。
- 執行裁判所は、次のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本(債務名義が第22条第二号、第三号の二、第四号若しくは第五号に掲げるもの又は確定判決と同一の効力を有する支払督促であるものを除く。)を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
- 一 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より六月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかつたとき。
- 二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があつたとき。
次に、民事執行法第197条第1項第1号か、同法第2項に該当していることを疎明するために提出するのが以下のような資料です。
- 配当表又は弁済金交付計算書の謄本
- 開始決定正本又は差押命令正本
- 配当期日呼出状など
- 「不動産を所有していないこと」「無剰余であること」を疎明する際の提出資料
不動産登記簿謄本・調査結果報告書・第三者の陳述書・聴取書・不動産登記簿謄本・調査結果報告書など
- 「完全な弁済を得られる債権が存在しないこと」、「勤務地、給料等が不明であること」を疎明する際の提出資料
商業登記簿謄本・調査結果報告書など
- 「動産に価値がないこと」を疎明する際の提出資料
第三者の陳述書・聴取書・調査結果報告書など
②執行力ある債権名義の正本を有する債権者であること
財産開示手続は「確定判決を実現するため」の制度です。従って、申立人の要件は「執行力のある債権名義の正本を有する債権者」(民事執行法197条1項)となります。「執行力のある債務名義の正本」には、①執行文(債務名義に執行力があることを公的に証明する文書)の付与が不要なもの(執行文の付与がなくても執行力のある債務名義の正本になるもの)、②執行文の付与が必要なもの(執行文が付与されてはじめて執行力のある債務名義の正本にもの)と、③執行文が必要な場合と不要な場合があるものがあります。財産開示手続における「債務名義の正本」とは次のような書面のことを指します。
- 小額訴訟判決正本
- 家事審判正本
- 判決正本
- 手形判決正本
- 和解調書正本
- 民事調停調書正本
- 訴訟費用額確定処分正本
家事調停調書正本(調停で養育費を定めた際の書面)
③債務者が3年以内に財産開示を行っていないこと
債務者が申立の日より前3年以内に財産開示をしている場合、債権者は財産開示を要求することができません(民事執行法197条3項)。ただし、債務者が財産開示の際に一部の財産についてのみしか開示しなかった、前回の財産開示後に新たな財産を取得している、雇用関係に変動があったなどの事由がある場合、財産開示を請求することは可能です。その場合申立人による各事由の証明が要求されます。