行政書士西田和雅の離婚体験記

離婚に対する恐怖と不安

子どもの目から見た離婚

行政書士 西田和雅の離婚体験記 離婚に対する恐怖と不安 離婚問題を専門に取扱う私ですが、私自身は離婚をしたことはありません。ただ、私の母親は二度にわたる離別を経験しておりますので、私は「子供の目からみた離婚」という形で、体験談をご紹介しますね。

私の家は元々、野菜・果物・肉・魚などの食品から日用品までを販売する小売店を経営していました。私は長男(妹二人)だったので、父親は将来私に店を継いで欲しいと思っていたようです。子どもながらに、そんな親の気持ちも理解できたので「将来は何になりたい?」と聞かれると「お店がやりたい!」なんて答えてましたね。調子がいいというか、何というか…変なところで気を遣う子だったかもしれません。

行政書士 西田和雅の離婚体験記 離婚に対する恐怖と不安 明るい父親明るい父親

私の父親は天性の明るい性格の持ち主で、お客さんからは結構好かれていました。わかりやすく言うと、今は亡き横山やすしさんのようなタイプですね。何かといえば「心意気」とか「人情」とか「男は度胸」などを口にする熱い男。そういえばパチンコも好きでしたね。私も幼い頃、よく連れて行かれたものです。教育上の問題は多々あるでしょうが、幼い私にとってはとても良い父親でした。

 しかし、小さなことにはとらわれない人間であった半面、小さなことに気付かない人でもありました。旅行の約束をしても、すぐに忘れますし…というより元々約束を守らなければならない、という意識が足りないのです。簡単に言うと「ルーズ」なんですね。約束を破ってもあまり反省がなく「悪かった悪かった!」と適当に謝るだけ。しつこく責められると「細かいことを言うな!」と、逆ギレしてしまいます。下手なんですね、生き方が。行政書士 西田和雅の離婚体験記 離婚に対する恐怖と不安 子どもの目から見た離婚 厳格な母親

厳格な母

そんなルーズな父に対し、母はかなり厳格な性格の持ち主です。約束を守らない、いい加減な父を母はどうしても許せません。1日たってケロッと忘れる性分でもあったならまだ良かったのですが、母は不幸にも人一倍記憶力が良い方で、父の悪い部分を逐一覚えているのです。ことあるごとに過去の話を持ち出し、いかに父がいい加減であるかを語り始めます。

 話しているうちに、また過去の怒りがよみがえり、また腹が立ってくるという悪循環。これでは上手くいくはずもありません。母は毎日のように父の悪口を言うようになりましたが、私はそんな状態の中にあっても、まさか自分の両親が離婚するなどということは夢にも思っていませんでした。

行政書士 西田和雅の離婚体験記 離婚に対する恐怖と不安 子どもの目から見た離婚お母さんはお父さんと別れるから…

私が小学4年生になった頃、母は唐突に「お母さんはお父さんと別れるから」と私に告げました。何が起きているのかさっぱりわからず、「え?別れるって?どういうこと!?」と聞きなおすしか私には術がありません。

 どうしても今の現状が頭に入ってこないのです。「お父さんが嫌いになったから別れるの!」「…行政書士 西田和雅の離婚体験記 離婚に対する恐怖と不安 子どもの目から見た離婚え?」辛いとか悲しいとか、そんな気持ちはなく「信じられない」というのが私の正直な気持ちでしたね。そしてその次に沸き起こったのが「これからどうなるんだろう?」という恐怖と不安。

 別れる当事者の大人でさえ、離婚後の生活に対する不安が大きく、離婚という選択をするのにためらいがあるのです。自分の意思とは無関係に起きる環境の変化に巻き込まれてしまうだけの子どもが、恐怖と不安を持つのは当然といえば当然ですね。

子どもはみんな「離婚はいや」

離婚した人の8割は「離婚して良かった」子どもはみんな「離婚はいや」  (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その2)

別れたくて別れる当事者は幸せです。自分にとって「最悪」ともいえる状況から抜け出せるわけですから、少なくとも離婚する前よりは精神的にも落ち着くわけです。離婚した人の8割以上が「離婚して良かった」と感想を述べていることからもそのことがよくわかります。

子どもはみんな「離婚はいや」  (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その2)それでは子どもの立場から見ての離婚はどうでしょう。私の体験談から言わせていただきますと「子どものはみんな離婚はいや」これが正直なところです。

虐待などの特別の事情でもない限り、子どもは父親も母親も好きですから、どちらかと別れて暮らすのはいやなのです。

「別れたくて別れた親」と「別れたくないのに別れさせられた子ども」どちらが離婚の本当の被害者なのか、離婚を考えている方にはこのことをよく考えていただきたいです。

跡取りだから必要?子どもはみんな「離婚はいや」  (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その2)

両親の離婚話が一度出てくると、瞬く間に新たな展開へと突入しました。母は、ある男性と一緒に暮らすと言うのです。その男性とは、いつの頃からか両親と仲良くなった我が家の小売店のお客さんでした。どのような経緯で仲良くなったのかは私にもわかりませんが、とにかく家に来ると、おもちゃを買ってきてくれる人だったので、単純に「いい人」と思っていました。

そんな「おじさん」が母と一緒に暮らす?私には何がどうなっているのかさっぱりわかりません。母に「僕はどうなるの?」と聞くと、「お父さんは跡取りの和雅(長男)だけはいるって言ってるけど、子どもは3人とも私が連れて行く」と言われました。

私は、父親に必要な子かどうかを選別されてしまったことがとてもショックでした。私としては嘘でも「子どもは全員引き取る!」と言って欲しかったのです。「跡取り」という理由で選ばれたのも悲しかったですね。私個人を必要としているのか、「家」のために必要としているのかは、小学4年生の私でも十分わかります。

子どもはみんな「離婚はいや」  (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その2)

嫌って言うなら父ちゃん死ぬで!

結局、両親の間で「私をどちらが引き取るか」という点で争いになりましたが結論が出ません。そうなると、次に親はどんな行動を取るか皆さんお分かりですか?そう…「子どもの意思を聞いてみよう」ということになるのです。そして私は父に言われました。

 「和雅はお父ちゃんとお母ちゃんとどっちと暮らしたい?
  お父ちゃんと一緒に暮らしたか?暮らしたいよな!
  もし嫌って言うんなら父ちゃん死ぬで!」

 私は今でもその時の光景が脳裏から離れません。「本当に死んでしまうかも…」と思うほどの勢いが父にはあったからです。

子どもはみんな「離婚はいや」  (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その2)

子どもに親は選べない

だからといって、私にはどういう答えも出せません。当然ですよね、父も母も好きなのですから。「子どもに親は選べない」そんな子どもの気持ちをわかって欲しかったですね。

結局最後は、例のおじさんが「どんなことがあろうと子ども三人を無事育て上げてみせる」と約束したので、父も泣く泣く手を引きました。かくして、母と私を含めた子ども三人は、新しい男の人(例のおじさん)と一緒に暮らし始めることになったのです。

養育費と面接交流権の放棄

いい加減な離婚の実体養育費と面接交流権(面接交渉権)の放棄 離婚専門行政書士 西田和雅の離婚体験記 その3)

両親が離婚した当時、私は小学4年生。法律のことなど何も知りません。離婚する際に、一体何を決めておくべきか、などということは頭の片隅にもありませんでした。しかし、離婚を専門に取扱う行政書士となった今では、あまりにいい加減な離婚の現実が見えすぎてしまい、残念でなりません。

 母は「養育費は要らないから二度と子どもに会いに来ないで!」と父に迫りました。おかしいですよね。養育費も面接交流権(面接交渉権)も子どもの権利です。親が勝手に放棄できるものではありません。皆さんはお分かりでしょうか。母は、前夫と会わなくてすむ代償として養育費を充てているのです。面接交流権(面接交渉権)の放棄を迫っているのです。

養育費と面接交流権(面接交渉権)の放棄 離婚専門行政書士 西田和雅の離婚体験記 その3)

法律は「法律を知っている者」を保護する

私も離婚について学んでくると、なんとこれと同じ事例が多いかに驚かされました。離婚した母親の多くは、離婚を機に前夫との関係を全て断ち切りたいという思いから、養育費と面接交流権(面接交渉権)を交換条件のように相殺しようします。養育費請求権や面接交流権(面接交渉権)は子どもの権利なので、これを両親が勝手に放棄したとしても法律上「無効」です。

しかし、法律は基本的に「法律を知っている人」を保護するものなので、現実的には誰もそんな無効な約束を正してはくれません。そう、誰も子どもの権利を守ってはくれないのです。私は養育費・面接交流権(面接交渉権)という子どもの権利を何とか制度的に守れないものだろうかと考えずにはいられません。それまではコツコツと「離婚協議書」という形で、養育費・面接交流権(面接交渉権)という子どもの権利を守っていくしかないのでしょうか・・・。

新しい生活、新しい父親

親が求める「理想の家庭」新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)

例の「おじさん」との生活が始まりました。かなり不安もありましたね。そう簡単に新しい生活には慣れることはできません。その辺のことは母もおじさんもある程度わかっていたのでしょう。子どもに大きな刺激を与えないように配慮する姿勢も多少あったように思います。ただ、それも最初の頃だけで、次第に二人は自分たちが考える「理想の家庭」の形に子どもをあてはめようとしてきました。まず最初に母に言われたのが次の二点。

「これからはおじさんのことを”お父さん”と呼びなさい」
「この家に来たからには二度と前のお父さんの話をしないように」ということ。

新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)
”お父さん”の一言が言えない

私にはそれが嫌で嫌でたまりませんでした。なぜ、父親とも思っていない人を「お父さん」と呼ばなければいけないのか、なぜ、嫌いになったわけでもない実のお父さんの話をしてはいけないのか。強制されると余計に言いづらくなってきました。

私の妹二人(3歳、8歳)は、時間とともに、少しずつ「お父さん」と呼べるようになりましたが、私だけはどうしてもその一言が言えません。「個」としての形がある程度できあがっていたせいもあるのか、心の中の葛藤がどうしてもそれを許せないのです。

強烈なショックと恐怖感新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)

一人頑なに「お父さん」という一言を拒否し続ける私に「おじさん」がイライラしているのは子どもながらにもよくわかりました。そんなある日、私はまだ明るいのに電気をつけてトイレに入ってしまったのですが、私がトイレから出てくるなり「おじさん」に(かなり強烈に)殴られました。「電気を点ける必要がどこにあるんだ!」と凄い形相で私を睨みつけられました。私はそれまでの人生で、そんな強烈な”しつけ”を受けたことがなかったので、強烈なショックと恐怖感を味わいました。

 それからというもの、私はおじさんの前では一切自分の感情を出さなくなり、一日の中でおじさんの前で話すのは「おはようございます」「いただきます」「ご馳走様でした」「お先にお風呂いただきました」「おやすみなさい」という5つの挨拶だけでした。恐怖心が先立って話ができないのです。

新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)家族の中で孤立

心を開かない私は次第に家族の中で孤立するようになりました。食事をしても、私が一番に食べ終えすぐに席を立ちます。皆が一緒にテレビを見ているときでも、私は別の部屋で一人時間を潰していましたね。そんな私を快く思わないおじさんは、次第に私に対する怒り・憎しみなどの感情をあからさまに出してくるようになりました。

例えば、私の家では子どもは必ず9時に寝なければいけないルールがあったのですが、私はどうしても9時から始まるアニメ映画を見たいと思ったときの話です。当時の私の家にも一応ビデオはあったものの、私が勝手に使うことなど許されない代物だったので、そのアニメを見るためには「おじさんの許可」を得なる必要がありました。 そう、信じられないかもしれませんが、私はテレビ番組一つの予約をするにも許可が必要だったのです。私は勇気を振り絞って「録画して欲しい」とお願いしました。するとおじさんは言いました。新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)

      「お前にビデオを使う資格はない」

私はそれ以降、二度とテレビもビデオも見ようとは思わなくなりました。実際、私は新たな生活をはじめてから約3年間はまったくと言っていいほどテレビは見ていません。

新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)自己主張の自由

私は今になってやっと「なぜ自己主張をしなくなったか」の理由がわかりました。私はDV被害者と同じような状況に置かれていたんですね。皆さんはDV被害者が「自己主張の自由」を得る前提として何が必要であるかご存知でしょうか。

まず第一に必要なのが、生活面・精神面等広い意味での「安心」、そして第二に“I am OK”という「自信」。この安心と自信の二つが揃ってはじめて「自由な自己主張」が可能になるのです。

「非行」と「健全」の分岐点にあるもの

当時の私には安心も自信も自己主張の自由もありませんでした。ですから、家での生活は本当に苦痛そのものでしたね。ただ、幸いなことに私にたった一つ「救い」がありました。これもDVの場合と同じなのですが、身体的・精神的・性的暴力を受けた子ども達には、非行に走るか健全に成長するかの分岐点があると言われています。その分岐点に「あるもの」があれば人は健全に成長し、逆に無いと非行に走る・・・それは一体何だと思われますか?それはね・・・
新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)
 「真剣に話を聞いてくれる人」の存在です。

 親族でも友達でも学校の先生でも、自分の素直な気持ちをぶつけることができ、それを受け止めてくれる人なら誰でもいいのです。私にはそんな気持ちを打ち明けられる友人がいました。私は家にいるのが苦痛だった半面、学校に行くのは嬉しくて仕方ありませんでした。だから私は非行に走らずに済んだのかもしれませんね。

みんな「心の病」を抱えている新しい生活、新しい父親 (離婚専門行政書士西田和雅の離婚体験記 その4)

不登校の子どもと正反対ですが、同じ「心の病」を抱えている点では同じです。離婚に悩む皆さんもそうですよね。理由は違えど、自分だけの力では解決できない「心の病」を抱えている点では同じ。だからこそ、私は離婚の手続きを「単なる事務的な手続き」で終わらせず、その裏側で「心の病」に苦しむ方々を癒してあげたいと思うのです。オブラートで包み込むようにね。

 

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